| === 中国、重慶 訪問記 === |
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ふと、機中の窓から外に目を向けると、青空の彼方に太陽の日が差し込み、上空は晴天そのもの。空港近くになり、目を滑走路の方に移すと驚いたことに厚い鉛のような雲にさえぎられ、滑走路がなかなか見えません。鉛のような雲の中を潜っていくと、雲の上は燦々と輝いているにも拘わらず、その下は先が見えないほどの曇り模様。山間地の為、大気の還流が鈍い地域とはいえ、何とその雲は、雲ではなく厚い灰色の排気ガスに覆われた淀んだ空気だったのです。
そこは、名古屋空港を飛び立って4時間、中国重慶市の空でした。
この空は、あたかも私の少年時代、日本が重工業社会へと足を踏み入れ、高度経済成長の道を驀進していた北九州の空とまさに同じくする情景でありました。この景色とともに私の重慶環境保護対策の取り組みは、スタートをきったのでした。
9月4日より7日まで中国、重慶を訪問。今回の訪問は、私が一昨年の秋、上海市での中日環境保護対策大会に招聘された際、同席しておりました重慶市 甘宇平副市長から重慶の環境保護対策について意見交換したいとの要請によるものでした。
重慶市 甘宇平副市長とは、重慶で問題になっている大気汚染、ゴミ処理問題、水汚染等への対策について意見交換を行いました。その中で同副市長からは、重慶市の現状とその実施対策についての説明があり、私からは特に全体の大気汚染で約70%を占めると言われている日常生活から発生する汚染対策の必要性、それに対する市民の意識改革、更には長期にわたり汚染対策を進めていく上での人材育成の重要性を強調しました。
その後、重慶市環境保護局の局長等の幹部とこの重慶を含めた西部地区の環境保護対策についての具体的な話し合いが行われ、ケンケンガクガク、実に2時間半にわたる激しい議論の会議となりました。会議には重慶市在駐の日本大使館重慶事務所長の蒔田氏、復旦大学国際経営技術講習所理事長の牧野氏も同席。
日本へ帰国後、私は直ちに外務省幹部に重慶での会議内容を伝え、重慶の環境保護対策の重要性を強調しました。3000万人という、都市として世界1の人口を誇る重慶。いま私の心には、この中国の内陸最大の工業都市の環境保護対策をきっかけとして、私のこの行動が、小さいながらも日中友好への掛け橋の一助となればとの熱い思いが芽生えています。問題はこれからです。恐らく幾度となく、重慶への訪問は続くことでしょう。
今回の訪問で心を通わせ、私と新たな友情を育んだ重慶の友人たちは、誰もがおおらかにしてたくましく、澄んだ心と熱い情けに生きる、すばらしい面々でした。
それだけに、大気汚染の影響からか、めったに太陽が顔を出さない重慶の空を称して、”重慶の犬は太陽に向かって吠える”との笑えない笑い話に、痛く心を締めつけられ、私は重慶に別れを告げたのでした。
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この度の重慶訪問をコーディネートしてくださった復旦大学国際経営技術講
習所理事長の牧野氏、通訳の王さん、重慶市外事弁公室の辛さんをはじめとし、
大変お世話になった重慶市、日本大使館、そして財界の王氏、屈氏ご兄弟にこ
の紙面をおかりして心から御礼申し上げます。
たいへんありがとうございました。 また、お会いする日まで ーーーー |
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2001年 10月
東 順治 |

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